大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)6588号 判決
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〔判決理由〕第一、請求原因一の(一)ないし(五)、二のうち、事故の具体的内容および被告野口に過失があつたとの点を除き、その余の事実は当事者間に争いがない。
第二、事故態様、過失
<証拠>によれば、本件事故現場は道路の幅員が九メートルで、その両側に幅員三メートルの歩道が設けられている東西に通ずる道路上であるが、被告野口は加害車を運転して時速約三〇キロメートルで西から東へ進行中、前方約三七メートルの同道路北側の歩道の中央部付近にその北側にある寺院から出てきた老女(亡コマ)を認めたが、特段気にとめることなくそのまま約一八メール進行し、その際、亡コマが同歩道上の歩道と車道との境付近で南を向いて立ち横断しようとする様子であつたので、警音器を吹鳴し、これによつて亡コマが加害車の接近に気づいたものと考えて、亡コマから目を離し、従前の速度のまま約一六メートル進行したところ、前方約三、三メートルの地点に北から南へ小走りに道路を横断している亡コマを認め急制動の措置をとつたが及ばず東行車道の中央やや南寄りの東西道路の北端より三、二メートルの地点で加害車前中央部付近を亡コマに接触させ約四、二メートルはねとばしたこと、一方、亡コマは原告方と本件事故現場道路を狭んで北側にある寺院からの帰り、前記歩道上で左右からの車輛の通過が途切れるのを待つたのち、車輛の通過が途切れたように感じたので、同道路を北から南へ横断しはじめたところ、前記のように西から東へ進行してきた加害車にはねとばされたこと、亡コマは目や足に不自由はなかつたが、老令のためかなり耳遠いこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。なお、被告らは、本件事故現場近くに横断歩道が設置されている旨の主張をするが、事故現場付近に横断歩道があると認めるに足る証拠はない。右事実によれば、被告野口は、前方を北から南へ横断しようとして立つている老女を認めたのであるから、特にその動静にはよく注意し、その安全を確かめて進行すべき義務のあつたところ、警音器を吹鳴したので、同女が加害車の接近に気づき加害車の通過するのを待つて横断するものと軽信し、同女から目を離してその安全を確認することなく漫然と進行したもので、同被告に運転上の過失のあつたことは明らかである。一方、亡コマにおいてもたとえ耳遠く警笛に気づかなかつたとしても、左右をよく注視すれば、加害車の接近に気づいたはずであるのに、左右の安全を確かめずに小走りに横断しかけたもので、同人にも不注意のあつたことは明らかである。このように、本件事故は、被告野口と亡コマ双方の過失、不注意が競合して発生したものと認められ、右両者の過失の割合は、以上認定の事実および本件に顕れた一切の事情を考慮して、被告野口(被告側)を八、亡コマ(原告側)を二とするを相当と認める。
以上の各事実によれば、被告会社は加害車の運行供用者として、被告野口は不法行為者として、本件事故によつて生じた損害を右の過失割合に応じて賠償する責任がある。
第三、傷害、死亡
<証拠>によれば、コマは本件事故により右大腿骨、右膝蓋骨、右腓骨骨折の傷害を受け東成病院に事故後直ちに入院し、骨折部位の治療を受け、昭和四三年二月中旬頃には骨観血的整腹術を受けたが、その頃から褥創(床ずれ)を併発し、同年四月頃からは主として褥創についての治療を受けるようになり、その後同年一〇月二八日死亡するに至つたことが認められる。ところで、右各証拠によれば、褥創がかなり悪化していたことは認められるけれども、右各証拠および本件全証拠によるも亡コマの死因が何であつたかを認めるに足りず(原告は褥創が拡大し心不全の経過を辿つたと主張するが、これを認めるに足る証拠は何もない。本件では死亡原因を証する書面は何も提出されていない。)、原告の病状がいかなる経過を辿り何故に死亡したかは全く不明というのほかはない(褥創自体はその病状の性格からして直接の死因となるものではない)。そうならば、亡コマは本件事故により前記の骨折の傷害を受け、その治療中に褥創を併発して東成病院に三一三日入院して治療を受けたことおよび昭和四三年一〇月二八日にコマが死亡したこと、は認められるが、本件証拠上は、本件事故と死亡との間に因果関係があると認めることは困難である。
第四、損害
一、原告は、亡コマの慰藉料として金二、〇〇〇、〇〇〇円、原告の個有の慰藉料として金五〇〇、〇〇〇円の請求をするが、右はいずれも亡コマが本件事故によつて死亡したことを前提としてなされているものであることが本件訴訟の経緯ならびに原告の主張自体に照して明らかである(前後記のとおり亡コマの死亡による損害として自賠責死亡保険金金三、〇〇〇、〇〇〇円が支払われている)ところ、本件事故と亡コマの死亡との間に因果関係があると認めるに足る証拠のないことは前記のとおりであるから右各慰藉料は認容しがたい。<中略>
四、損害の填補
亡コマの遺族が自賠責保険死亡保険金として金三、〇〇〇、〇〇〇円、原告が同傷害保険金として金五〇〇、〇〇〇円の各支払いを受けたことは当事者間に争いがない。
そこで、まず、死亡保険金の点について考えてみるに、右は保険金の支払機関において諸般の資料を検討した結果、本件事故と亡コマの死亡との間に因果関係があるものとして死亡による損害に対し支払いがなされたものであることが明らかなところ(その当否については不当利得等を理由とする返還請求のなされているものではない本件においては、当裁判所の関知するところではない)、本件においては、前記のとおり右の因果関係を証する証拠のないことを理由に亡コマの死亡による損害を認容していないのであるから、損害の填補がなされる余地はなく、右の支払いは本件訴訟との関連では全く無関係であるといわざるをえない。ただ、かように解すると死亡に至るまでの傷害に多額の費用を要した被害者側が過失相殺の不利益を免れるために故意に事故と死亡との間の因果関係を主張、立証しない場合の生ずる虞れのあることを懸念して批判する向きのあることが予想されるが、支払いがなされたことによる利益を主張する者はその支払いが事故と因果関係にある損害に対してなされたものであることを主張、立証する義務のあることは当然であるから、右の批判は当らない。とくに本件においては被告らは一貫して本件事故と死亡との間の因果関係を争つているのであるから、被告らが死亡保険金支払いによる過失相殺の利益を有しないことは当然である(仮りに右の支払われた死亡保険金について不当利得等を理由として返還がなされる場合があつたとしたら死亡保険金の支払いを考慮して過失相殺をなすことがいかに不当であるか明瞭であろう)。
次に、傷害保険金については、右が亡コマの死亡に至るまでの傷害につき支払われたものであることが明らかであるから、前記二の損害金の内金に充当されたものとみるべきである。 (吉崎直弥)